お客が店を選ぶように、店もお客を選ぶ。これは当たり前の話。

うちの店にも稀にとんでもない方々が来店されます。

ほとんどのクレーマーは問い合わせ時に

物をハッキリと言う自分やスタッフに憤慨して来店しないのですが

たまに問い合わせ無しでいきなり来店し、無理難題を言い散らして帰る(帰らされる)方もいます。

「お客に対して、なんて態度だ!」

と捨て台詞を吐きますが

自分からすると作業の対価を支払って頂いた時点で初めてお客になるのであって

問い合わせ時はお客さんじゃ無いと思います。

 

こんな記事を見つけました。

ブログ元はコチラです。

 

ん~、店主の気持ちは痛いほど分かる。

ルールがどうのこうのじゃなくて、

この時期に、そもそもマスクを付けない。と言う思考回路の人に入店して欲しく無いんだと思う。

 

堀江さんの言い分

 

別に自分は堀江さんのファンでも無ければ、特別に嫌いな訳でも無いです。

物をハッキリ言う所なんかは好感を持っていたりもします。

 

ただ、まあ、なんと言うんだろ。

「マスクして無いと入店できない。」

と言われた時点で、入店したかったらマスクを付ければ良かった訳で・・・

マスクその物を持っていなかったのであれば、それはもう諦めるしかない訳で・・・。

 

自分もお店を構えている立場ですし、お客として店を訪れる事もあるので

両方の立場になり得る訳ですが、最近子供にこんな事を言いました。

 

散歩をしていると

ゴミ収集車と一緒に近所のゴミを回収してくれている人に出くわしました。

まだ気温の高かった時期だったので、子供は

「臭いね~」

と何気なく言いました。

確かにゴミなので、良いにおいはしなかったのですが

「〇〇は、自分でゴミをトラックに積んで、ゴミを燃やすところまで持って行けるの?」

「出来ない」

「自分が出来ない事を誰かがやってくれたのであれば、ありがとう。って言えるよね。」

「ありがとう!」

まだ2歳児なので、言いたいことの本質が伝わったかどうかは分かりませんが。

 

公共サービスに限らず、お店とお客にも、こう言う関係が成り立つと思うです。

 

例えばおいしいご飯を食べにレストランに行く。

自分では作れない、もしくは再現できない味を楽しむ対価としてお金を払う。

 

例えば温泉宿に泊まりに行く。

自分では到底建てる事の出来ない快適な施設を使わせてもらった対価としてお金を払う。

 

例えばトイレのリフォームを頼む。

自分では造れないトイレの便器の対価とその設置の対価としてお金を払う。

 

仮に自分でも出来る簡単な料理を買ったとしても

それを買う事による利便性(時間の短縮や後片付けをしなくても良い)にお金を払うんだと思います。

 

そうなるとお金を払う側と受け取ってサービスを提供する側は

対等

だと思うんです。

 

 

話を元に戻すと、堀江さんもそこのお店の餃子が食べたかったら

そのお店が決めたルールに従えば良かった訳で

従いたくなかったら、そのお店を去れば良かったんだと思います。

 

お客が店を選ぶように、お店もお客を選びます。

「この店は客を選ぶのか!?」

と言われたことがありますが、質問の意図が良く分かりません。

選んじゃいけないんですかね?

 

おもてなしの国、日本。とは言いますが

その本質を穿き違えている人が多いと思います。

お店がお客を選ぶのは当然の権利ですし、お店がルールを決めるのは

自分の店や会社を守る自己防衛手段でもあります。

 

お客様は神様なんかではありませんよ。

神様なら全部自分で何とか出来るはずです。

自分が出来ない事を依頼しに来た段階で神様なんかじゃないんです。

 

あっ、あと最近こんなことを掲示板に書き込まれました。

すぐ手の届く外れていたカプラーをはめて整備代5000円

 

たしかにカプラーをはめるだけで5000円と聞くと、割のいい仕事だと思うかもしれませんが

そのカプラーをはめれば、不具合が直ると判断できる知識やノウハウは

今までの莫大なトライ&エラーから得られたわけであって

もしかしたら、そのカプラーをはめたらもっと調子が悪くなるかも知れない?

って思ったのかどうかは知りませんが

カプラーを繋げる事の出来なかったユーザーにどうこう言われる筋合いはありません。

 

回らないお寿司屋は

商品棚に並んでいるネタをシャリに載せて出すだけで

かなりの金額を請求しますが、そこだけでは無いですよね。

 

材料の仕入れ、仕込み、お店の家賃に従業員の賃金

そして他店にはないノウハウ

そのすべてがあって、お寿司の値段が決まる訳であって・・・。

 

自分もお客の立場として様々なお店に入る時

物事の本質が分かる人間としての立ち振る舞いが出来る様、努力したいと思います。